なぜ独立をしたのか?独立の理由その1~学生の頃から独立したかった~

2017年4月5日

——※この記事は、投稿日現在の状況、法令に基づいて書いています。———

Pocket

■スポンサードリンク

DSC_0401 2

昨年の夏に独立してから半年以上が経ちました。独立して良く尋ねられるのが、「なぜ独立したのですか?」という質問。聞かれるたびに、答えるのに窮してしまいます。独立したいと思った理由は明瞭明確な1つのものではなく、色々な思いの積み重ねです。前向きな理由もあれば、後ろ向きな理由もあります。

小学生の頃に憧れた『ブラック・ジャック』

『ブラック・ジャック』との出会い

独立開業して個人事業主として働きたいと思ったのは、小学生の頃からでした。きっかけは、手塚治虫作の『ブラック・ジャック』です。

私の記憶の限りでは、私が最初になりたいと思っていた将来の夢は、多くの子供が夢に描くプロ野球選手でした(特に、巨人の吉村選手の弾丸ライナーでライトスタンドに飛び込むホームランに憧れていました)。その夢が『ブラック・ジャック』を読んで、医者になりたいと変わりました。小学5年生の4月の終わり、私は交通事故に遭い、左足大腿骨を骨折して入院生活を送っていました。その時に病院で読んでいたのが『ブラック・ジャック』です。

交通事故直後に運ばれた病院は、専門が胃腸器科で、整形外科も扱っているという個人病院でした。整形外科専門ではないということで心配した母が心配し、少年野球のコーチの紹介もあって、入院から数日後、整形外科の入っている総合病院へ転院しました。

転院して驚いたのがその治療方針の違い。個人病院での治療方針が間違っているようでした。もし、そのまま私がその個人病院で治療を受けていたらと思うとぞっとします。骨が曲がってついてしまったかもしれません。不要な手術を行わなくてはならなかったかもしれません。

入院病棟では、同じように交通事故に遭った方、椎間板ヘルニアで手術を受ける方、とび職で5階くらい?の高さから転落した方などが入院していました。そういった方が手術を受けるなどして回復している様子を間近で見ている中で『ブラック・ジャック』を読んでいましたので、医師の仕事への関心が必然と高まりました。そして、他の医者では救うことのできない命を救うブラック・ジャックに憧れました。

ブラック・ジャックは、法外な料金を請求する無免許の医者ですが、他の医師では救えない患者を救うだけの手術の腕を持っています。幼心に「無免許はさすがにまずいな」とは思いましたので、自分の腕で患者の信頼を勝ち取ることが出来る免許のある医者になりたいという夢を描いていました。

思い描いた夢は個人医院での開業

私の怪我でお世話になったのは総合病院ではありますが、私が思い描いた夢は個人医院の開業でした。

総合病院で腕を磨いた後に個人医院を開業して、自らの腕で評判を呼んで患者さんに信頼される医者になりたいなと思っていました。小さい頃から雇われて仕事をするよりも、自分で起業して仕事をすることへの憧れがありました。

税理士試験を受けることになったきっかけ

大学時代、私は劣等生でした。入学したのは経済学部でしたが、当時は経済理論への関心も薄く、大学の勉強をする意義が見出せませんでした。そういう学生はたくさんいますので、それでも普通なのでしょうが、単位の取りやすい情報を集めて、試験直前に出回っているノートをコピーして、単位を取るだけの試験直前の勉強に身が入らず、大学2年生の時に単位が不足して留年してしまいました。

当時は就職難でしたので、留年というハンディキャップを抱えてしまうと就職で不利になるのでは、と思いました。そこで始めたのが税理士試験の勉強です。本当は公認会計士の試験を受けたかったのですが、親に反対されてしまいました。「留年するようでは公認会計士試験の合格は無理」ということだったのでしょう。それでも、税理士試験であればお金を出してくれるとのことだったので、私も親の意見を聞き入れ、税理士試験を受けることにしました。
その当時は自分の意見が通らず憤りを感じていましたが、今思うと結果それでよかったと思います。公認会計士の仕事がしたいと親を説得するだけの思いを持ち合わせず、単に難しい試験を合格して「公認会計士」というブランドを持ちたかっただけに過ぎなかったわけですから(会計監査がどういう仕事かもよくわかっていなかったです)。

そして、今現在、税理士という仕事に誇りを持っていますし、税金の仕事が好きです。

学生の頃に感じていた普通への違和感

私は、天邪鬼な人間です。みんなが当たり前のように行っていることはやりたくないと思ってしまいます。

大学生の頃、1年生、2年生とたくさん遊び、3年生になるとゼミに入り、3年の終わりからはリクルートスーツを着て就職活動スタート。4年生の春に就職先が決まり、10月1日に入社式に出席して、卒業後には卒業旅行というのが一般的といえるでしょう。

ゼミに入るところまではいいのですが、リクルートスーツを着て就職活動を一生懸命やるというところに違和感を感じていました。名の知れた大企業に入って、そこそこの高給取りになって、それが本当に自分の人生にとって幸せなのか?疑問に思っていました。新卒一括採用、終身雇用制度、定年退職ところの良い面よりも、下記のような悪い面が気になってしまったのです。

  • 入社前に定年まで勤められる自分に合った会社や仕事を見つけられる自信がない
  • 自分のやりたい仕事・働きたい場所を自分で選べない(人事部が決めてしまう)
  • 入社後の出世争いに勝てる気がしない
  • 上司に媚びを売るのが苦手
  • サービス残業したくない

特に2番目の理由が大きいです。大手企業に勤めると、会社は選べても、自分の仕事を選ぶことはできません。働く場所も人事異動で決められてしまいます。仕事の内容は自分で選びたいし、働く場所も人事部に勝手に決められたくない。それであれば、資格を取ったほうがいいじゃないか!という考えで勉強を始めたのです。

ちなみに、「自分のやりたい仕事・働きたい場所を選ぶ」というのは、就職後も貫き通りました。資格の学校の講師も一度はやってみたかった仕事でした。税理士法人は、当時、東京の他に大阪にも事務所はありましたが、希望しない限り大阪への異動はありませんでした。その後に勤めた2社も、税理士としての採用枠でしたので、余程のことがない限りは望まない部署へ異動になることはない環境にありました(税理士資格を持っていることもあり、不本意な異動を命じられたら会社を辞めると思っていましたし)。

■スポンサードリンク

私の場合、勤める会社を選ぶことよりも、行う仕事を重視していたのです。

まとめ

まとめると、独立した理由の一つは、子供の頃から学生時代まで独立開業したいと思い描いていたことを実現させたかったということです。たった一度の人生ですから、やりたいことはやったほうがいいですよね。

次回は、社会人として4社を転々として、独立に至った想いを書く予定です。

||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

【編集後記】

昨日は、東京税理士会神田支部での実務研究会に参加。講師はブログ仲間でもある税理士の谷口さん。テーマは「クラウド会計について」でした。参加者の大半がクラウド会計とは無縁のベテランの税理士。そのベテラン税理士からの質問攻めを見事に回答している谷口さんの奮闘ぶりに感銘しました。

【昨日の一日一新】

青色の用紙の購入

Pocket

■ スポンサードリンク