残業をするのが当たり前と考えているときの弊害

2017年11月16日


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残業とは、文字通り、仕事が定時になっても残ってしまうので、本来の時間を超えて仕事をすることです。しかし、「残業が当たり前」と考えてしまうと、本来は9~18時までの通常の勤務時間が9~22時と錯覚してしまい、様々な悪影響が出てしまいます。

arcaion / Pixabay

残業が当たり前だと、非効率な働き方をしてしまう

どうせ今日も22時まで仕事だ、と考えてしまうと、仕事を22時までに終わらせればいいと勘違いしてしまい、業務時間中の無駄な私語、ヤフーニュースの読み尽くし、長時間のたばこ休憩というように、22時帰宅を前提とした働き方になってしまう方がいます。定時過ぎたころにエンジンがかかってきて、仕事を終え帰宅しようとする部下に突然、「明日のお客さんとのミーティングの提案資料だけど、●●についても追加してくれない?朝イチでレビュー出来るようにしておいて」なんていう上司もいるのではないでしょうか。

そういう私も、繁忙期は終電で帰るのは当たり前、終電を逃して深夜にタクシーで帰宅するのもざらにあるという職場で働いてきました。ただ、そういう環境の中でも、常に定時に帰宅するということを意識していました。仕事量からして、定時に帰れないのは明らかであったのですが、定時を意識することにより締め切り効果が発揮され、ダラダラと無駄に時間をかけて仕事をしてしまうというのが避けられます。

私は、普段は定時で帰ることを意識し、繁忙期は終電で帰ることと土日は出社しないことを意識して効率的に働き、そして成果を残すことで、ちゃんと仕事はするけど早く帰るキャラというのを確立することができました。

定時に帰ることに後ろめたさを感じてしまう

残業が当たり前の職場環境にいると、仕事が定時に終わった時も、周りの人が残業している中、自分だけ早く帰るのに後ろめたさを感じます。その後ろめたさに追い打ちをかけるように、評価シートの評価項目に「周りの忙しい同僚の仕事を手伝う」なんていう項目が入っていたりもします。そもそも、私の関わっていた仕事は守秘義務のある仕事などで担当者以外が関わってはいけないことも多いので、周りの同僚の仕事を手伝うというのはそれはそれで問題があるのですが…。

仕事が終わったら速攻で帰る私は「早く帰るキャラ」を確立してはいましたが、それはそれで後ろ指を指されているようで、メンタル面でのダメージはあります。仕事が終わっているのに周りに合わせてダラダラ残るのも苦痛ですし。

仕事は仕事でしっかりやりつつも、人生を楽しむことが大事

人生、仕事だけではないと思います。仕事以外にも趣味を持ったり、家族といる時間を楽しんだりという時間を持つことが人生をより充実させる元だと考えています。残業するのが当たり前となってしまうと、仕事以外の楽しみを持つ時間を奪われてしまいます。

私は税理士というプロフェッショナルな仕事ですので、高い職業倫理観を持ち、お客様へ最善のサービスを心がけるというのは、当然やらなければならないと思いますし、お客様の満足というのが私の喜びでもあります。

ただ、仕事だけでは人生は充実しないでしょう。よい仕事をして、家族と過ごす時間を大切にして、自分の趣味も楽しんで充実な人生を送る、それこそが悔いのない人生を送るために必要なことだと私は考えています。

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【編集後記】

今日は右肩の調子が悪いです。多分、分厚い辞書のような大きさの条文を3冊、同じような大きさの書籍を2冊抱えて20分間歩いたのが原因ではないかと…。

【一日一新】

ブログのメインページのヘッダーを編集。成果は大したことないのですが、慣れない作業のせいでブログの記事1本書くのと同じ時間がかかってしまいました。

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※この記事は、投稿日現在の状況、法令に基づいて書いています。

また、ブログの内容等に関する質問は、受け付けておりませんのでご了承ください。

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